田口権一の現在画像は?wikiプロフィールや身長や球速・球種は?

どうもです(・ω・*)

桑田真澄ってPL学園出身で、当時はKKコンビ(桑田真澄と清原和博)が有名でした。
でも、桑田真澄が1年の頃は別の選手が期待されていました。
それこそイニシャル(頭文字)を取って、いわば「TKコンビ」でした。
その「T」こそが、田口権一という選手です。

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当時(桑田真澄が高校1年生の時)って、実は桑田真澄はぜんぜん期待されていませんでした。
それは、同じく1年生で入って来た田口権一が、身長192センチで速球が早いという選手だったからですね。

桑田真澄は現在の身長は174センチです。
高校時代だと、172~174センチくらいだったかも知れないですね。
ちなみに桑田真澄も田口権一も、同じ右投げ投手ですね。

身長と球速から、当時は田口権一のほうが上に見られていました。
桑田真澄の1年生時代って、登板しても打たれることが多く・・・
バッティングや守備は上手かったので、野手で使う事を検討されていたくらいです汗

 

ただ、当時のPL学園のコーチ・清水一夫は、桑田真澄の素質を見抜いていたみたいです。
外野守備からの返球を見た時、肩の強さを確信したみたいです。

その後、大阪府大会で桑田真澄は登板したんですけど、そこで大活躍。
9回で2安打の完封勝利をしたところから、エース格になりました。

この頃のエースピッチャーって、3年生の藤本耕でした。
でも藤本耕は肩などを故障していて、そのまま桑田真澄が1年生エースになりました。
この頃は、藤本耕よりもストレートが早かったみたいですね。

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そして、田口権一。
身長が高くストレートも早かったんですが、投手としての完成度は桑田真澄のほうが上と。
その点を見ても、田口権一はそれなりに評価はされていたんですが、そこからのKKコンビが大活躍することとなり、徐々に田口権一の登板機会は減っていった感じですね。

でもね、1年生当時の桑田真澄って、本当に凄かったと思います。
打者としても投手としても非凡な才能を持っていたし、事実、プロでも活躍しましたもんね。

ちなみに田口権一の球速や球種は、現時点では不明です。
ストレートはかなり早かったと思うんですけど、変化球については未知数ですね汗
田口権一についても、当時ってまだインターネットが普及していなかったので、残っていないのかと・・・

 

ただ、その後の田口権一はプロにはいかず、
本田技研の野球部に行ったみたいですね。

その後は、ずっと本田技研なのか、他の野球部に行ったのか・・・
まあ、年齢的には野球を続けていないと思うので、
田口権一の現在は、野球はやっていないんじゃないでしょうか?
年齢は50歳くらいになっているはずですからね汗

 

そして田口権一なんですけど、
ノーヒットノーランも記録しています。

1983年の大阪府予選なんですが、西商との試合で5回コールドのノーヒットノーランを達成しています。
点差は32対0だったそうです。
おお・・・32点差ってすごいな汗

PL学園に入ったばかりの時って、田口権一は「打撃力は清原和博クラス」と言われた事もありました。
さらに「投手力では桑田真澄より上」という、かなり怪物クラスの評価でした。
エースで4番みたいな感じですよね?

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